特集/WEB公開セミナー

小学校英語教育の意義と
小中学校連携における英語教育のあり方


 なぜ小学校から英語を始めるのか?

 昨年3月の文科省主催の国際教育フォーラムの中で、IBMの会長が基調講演を行いました。『 小学校から英語を取り入れた教育を実施し、大人になったら英語でのコミュニケーション力を武 器に世界で活躍する人たちが5%でいいから欲しい。』と話されていました。公立小の子供達約 710万人の中の5%ですから、約35〜36万人を指すことになります。この話の中で『コミュニケ ーション力』という言葉を使っているところに注目して下さい。
ところで、小学校から英語を必修化とするならば、5日制の中で他教科との時間の調整も必要 ですが、小学校からの英語活動を通して、どのような学力が身に付くのかということも大きな議 論になっています。日本語で自分の気持ちや思いまたは情報を正確かつ適切に伝えることが できない子供が多くいるにもかかわらず、なぜ外国語を導入するのかという意見があります。し かし、25年以上も前から、国際共通語である英語の教育を小学校から始めてもらえないだろう かという要望が産業界を中心にありました。産業界からの要望、そして社会的ニーズが強いと いうことが、小学校から英語を始める大きな理由となっています。ただ、このことは全人教育の 日本にとって、重要な課題だと思います。

 小学校の担任の先生を中心に尋ねてみますと、小学校英語への疑問を感じている人は少なくありません。かなり高い比率になっていますので、文科省としても慎重な態度を示しています。その反面、小学校英語の実施について保護者が望む比率もかなり高いものとなっています。産業界や保護者からの要望、社会的ニーズは高くなっている状況です。

公立小学校における英語活動の現状

しかし、実施するにあたって、具体的には大きな課題も引きずっています。中学の検定教科書を小学校で使用しているところもあります。そのような中で『到達目標はどうなっているのだろ うか?』、『子供は目が輝いているのだろうか?』、『どのような子供を育てていこうとしている のだろうか?』と問うことは大切なことです。そのようなことを考えずに走り続けているようなら大問題だからです。

子供達は日本国内で英語を使って買い物をするわけではありません。
また、英語の学習だけを行っていても、いつ使うのか見えません。実際に、コミュニケーションをする機会がなければ、ゆがんだ方向へ行く可能性があります。そのような意味でも到達目標は重要になってきます。

現在、国際化の進展に伴い、日本では「主体的に生きていく資質や能力」の育成が求められています。
主体性とは‘identity’のことであり、「個」を意味します。「個」とは‘initiative’といっ
て、「誰にも言われなくても自分で決定し行動する力」と同じことです。文科省は国際教育の観点から「異文化と共生できる資質や能力」、「日本人として、個人としての自己の確立」、「コミュニケーション能力」等の資質や能力の育成を要請しています。これらはすべて相補関係にあり、真のコミュニケーション成立には不可欠な要素とされています。特に「自己の確立」は重要です。それは教育目標である「生きる力(zest of living)」の源泉だからです。生きる力というと能力と思われるかもしれませんが、「zest」は「意欲」であり、この資質がまさに生きる力なのです。自己の確立は、誰にも言われずに自分で決定する力、即ち、イニシアティブによって培われます。このイニシアティブこそが、コミュニケーションの基礎基本です。

ところが、実際に自分で決定し行動できる子供はなかなかいません。
例えば英語活動の中で、"What color do you like?"と尋ねると、もじもじして何も言わない子供がいます。このような子供は、そのまま中学へ行っても同じような傾向にあります。従って、この子は単語や文法テストで良い成績をとっても実際にコミュニケーションができなければ意味がありません。それでは本末転倒です。積極的にコミュニケーションできる子を育てたいものです。

英語という言葉の学習だけを行っていると、高学年の子供達は何の意味があるのかと思うようになり、担任も疑問に思うようになります。このことは、泳ぎ方についてよく知っていても泳げないようなら、疑問が出るのと同じです。言葉は、使って初めて意味があるからです。

子供は/先生は/学校はどう変わったか?

 ところで、子供の目が輝くとはどういうことか考えていただきたいと思います。私は今までに何度も、子供は自分自身を育んでいくパワーを持っていることを知らされました。これまで、教え込んでいく教科型の授業で日本人は育成され、個が重視されていませんでした。ところが、英語を体験活動で行ってみますと、教科型では力を発揮できなかった子供が、目を輝かせて参加しているという場面が多く見受けられました。個人差はありましたが、寡黙な子供が活発になることもありました。従って、『どのような子供を育てようとしているのですか?』と時々尋ねることがあります。忘れていただきたくないのは、学校教育をしているのであり、語学学校ではないという事です。子供自身の中には自分の中に自分自身を育んでいくパワーを持っているという事を忘れないで下さい。

ある不登校児の話ですが、教室ではなく校長室へ登校を続ける児童がいました。
ところが、その子供はあるALTが好きで、そのALTが来る時だけは教室へ行くようになりました。また、自閉症のお子さんの例も5件ほど見てきましたが、誰とも話さなかった子供が、あるALTと仲良くなり、一年後にはそのALTと話すようになったという例もありました。それまで、英語力を何とかすれば良いと思っていた私の考えは間違っていたと知らされました。将来、英語が教科になり、検定教科書だけに頼ったとしたら、このような子供達の目の輝きは見られなくなるのではないでしょうか。

英語はコミュニケーション豊かな言語です。挨拶一つをとっても、日本語以上に言葉のやり取りが行われます。
英語では、豊かにコミュニケーションを図る場面が多いので、それを通じて子供が変わっていく可能性が高くなります。英語を学ぶのではなく、英語によるコミュニケーション重視の教育なら、子供達の積極性が育まれ、他の教科でも積極的に手を挙げたり、参加していく姿が見られるようになります。それが小学校英語教育の成果です。ところが、英語の置き換え練習を中心に授業を持っているところもあります。到達目標の中でしっかり行われていれば多少説明もつきますが、それにしても、言語学習だけで終わってしまってはあまり意味がありません。そのようなところから脱皮して欲しいと思います。コミュニケーション力とは相手に意志を伝えるのが神髄です。数少ない授業時間の中で、上述のような目に見えにくい学力が育まれるという点では、英語活動を小学校から導入していっても良いのではと思います。

ところで、日本の小中学校では全人教育をしています。それは調和のとれた教育という意味合いです。
決して国をあげて人材教育をしているわけではありません。中国と韓国でも子供達への英語教育が盛んに行われていますが、その教育内容と方法により、子供達の学力に差ができてきました。いわゆる落ちこぼれが増えてきました。従って、親は子供達を英語塾へ通わせ、経済的な負担も大きくなっているのが現状です。しかし、安堵した点もありました。それは韓国での評価方法です。ABCをつけていませんでした。日本の総的な学習と似ていて、文言で子供の良い点を示しています。仮に、日本が英語を教えるという教育を実施するならば、中国と韓国の教育現場のような悩みを抱えるかもしれません。英語教育を言語習得だけの目的で行ってはいけません。むしろ総合的な学習と同じで、子どもの主体性=生きる力を培う教育をすることが大切です。

現在、私は三つの教育特区を含む計6地域での支援を行っています。地域発信型教育には勇気が必要です。
地域で発信していくということは、自分で責任をとらなければならないからです。その際、担任の先生が中心にならなければなりません。なぜなら、子供を一番よく知っているのはALTではなく、担任だからです。そして地域として動けば、説明責任も出てきます。それを考えると、大教育改革事業と言えます。

そのような先生方との交流を含めて子供は変わっていきます。
その際、英語そのものを教えるのではなく、英語でのコミュニケーション力の育成が重要になります。そのような能力は日本人には欠けていると言われていますが、ALTとの英語活動を通して子供は変わるきっかけを持つことができます。また、教科型では力を発揮できない児童や、先生も英語活動で変わっていくということが分かっています。それにしても、他の教科でも同じですが、やりっ放しではいけません。特区などには5年後には審査を受けますので、今から審査を受けることを念頭に置いて、子供がどう変わったか説明責任を果たすことが大事ということもいつも伝えています。

小学校の英語活動で子供たちの何が育まれるのか?

図工を考えてみてください。図工では、中長期の評価観で子供達の中に育まれる資質や見えにくい学力を見ていきます。小学校英語も同じように評価すべきです。評価規準では、その際、すべて進行形で表し、文末は「〜ができる」という表現にすべきではありません。何年も経た時で、「できる」や「できない」の評価になると思いますが、短期間で、外国語によるコミュニケーション力の評価規準を「できる」や「できない」にしますと、かなりハードルが高くなってしまいます。品川区などでは、9年間が終わった時点で、「できる」までもっていこうと計画しています。 

ところで、小学校の英語教育では中学校の評価規準で求める言語のルールに関する正確さを重視する必要はありません。
母国語の場合、小学校入学前までに身につける生活上のコミュニケーション力において、発音や文法上の誤りは重視されていないからです。ところが、中学校から始める英語教育では、そのような時期を経ることなく、最初から正確さが求められるという不自然な形がとられています。小学校の英語教育では、コミュニケーションを楽しみ、積極的にコミュニケーションを図ることが主眼とされるべきです。ドリル中心で行っていたら子供の目が死んでいくのを見てきたからです。しかし、体験活動を主体としたら子供の目が輝くのも見てきました。子供の目が死んだらそれは授業とは言えません。中学校でもALTとの体験活動をこれまで以上に重視すべきです。

最後に、英語活動という表現ですが、言語活動の中で、言語が英語に特化したから英語活動といっているだけです。
これは教科名ではなく、中高の外国語科の教科内容に当たります。その意味では、小中高とも英語学習ではなく、ぜひ、コミュニケーション重視の言語活動を行って欲しいと思っています。ALTとの英語での楽しいコミュニケーション体験活動を通して育まれる子どもの主体性は、国語教育でも求められている「伝え合う力」の源泉であり、中学校の外国語科でも求められている資質、能力の基礎、基本だからです。


バックナンバー:

小学校英語教育の第一人者:岐阜大学 松川禮子先生に聞く
  中教審の動きと最近の小学校英語教育について

「小学校英語教育におけるティーム・ティーチングのあり方:より良いコラボレーションをするために」   ----鳴門教育大学の兼重昇教授グループ発表。


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